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夏の旅行二日目①

にっき
09 /12 2007
夜はプラトーさとみの小型キャビンに泊まりました。
現地は霧で何も見えず、夜も雨がすごくて全く景色が見られませんでした。
翌日の朝、濃い霧が晴れてきたらこんな感じに…
860.jpg
うしろに風車があるのがお分かりでしょうか。
風力発電の風車があちらこちらに立っていました。
そして周りには牛が…夫が「ここは牧場なんだよね」と
言ってたのがやっと分かりました(聞いちゃいない)。

びっくりしつつ牧場を後にし勿来(なこそ)に向かいました。
sekisyo-1.jpg
吹風殿というところ。出来上がったばかりで、美しく綺麗な建物でした。
どんな用途に使うのかよく分からなかったのですが、庭に見える川に和歌を流す平安時代の遊びを再現することができるそうです。イベントの日には十二単を着た女性などが優美な姿で座るのでしょうね。見てみたいなぁ。

sekisyo-c.jpg
その坂上にあったいわき市勿来関文学歴史館。妖怪の企画展示をしていました。

またその上にあるのが勿来関(なこそのせき)
sekisyo-a.jpg
蝦夷から来る人をここで止めるためにつくられた関の跡だそうです。
源義家(よしいえ)が後ろにある松の枝で鞍と弓を置いて休んだことでも知られているそう。後に義朝(よしとも)がここを訪れたて唄を唄ったそうです。
他にも有名な歌人がここで唄をうたったそうで、歌碑が並んでいました。
皆それぞれ違う趣で読んでて面白かった。
”なこそというのに名前ばっかりだなぁ”という唄が印象に残りました(^^;

ここに関があったというので来たのですが、その形跡はなく画像のような銅像と門があるばかりです。
門の前から海側を望むと
sekisyo-b.jpg
こんな感じです。海が僅かに見えました。
平安時代はどんな風景だったんだろうと昔を思いました。
異国の人を入れないための関がこんな山奥にあったのだなぁと思いました。
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コメント

非公開コメント

これがウワサの

・・・・・ハチロクですね。

私が子供の頃は、
その辺でよく見かけたような記憶もありますが、
たしかに今では目立つかも(^^;

妖怪がお好きなら、
鳥取の境港へぜひどうぞ!
あの水木先生のふるさとです。

そうです(^^;

ナローボーターさん、こんにちは♪
そうです(笑)これがハチロクです。
時々峠に行った時や、霧でよごれが見えにくい時に撮っています。
懐かしい車です(^^;窓を手で回して開けるのも今では貴重な体験です。

この山の周辺には妖怪が闊歩していたという伝説があり、妖怪の企画展が開催されていたようです。入館しなかったのですが、綺麗な建物で、源義家ゆかりの品も展示されていたようで、行けばよかったなぁと思っています。

お子さん無事退院おめでとうございます。
小さな泣き声がお部屋に響いているのでしょうね。
小さな指とか手足とか、かわいいんだろうなぁ。
120センチの昔の新生児は、毎晩キックしてくれます。
元気のいいのが一番です(^^;。
健やかに育ちますようお祈りしています。
書き込みありがとうございます。

それから18キップの最後の一枚は
息子と夫が青梅鉄道公園に行って使い終わりました。
四季彩号という電車にのって楽しそうに帰ってきましたよ。
後日レポートしますね(^^)

月夜野

東京下町在住・本・建築・ハチロク好き

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