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生きることと死ぬこと

にっき
09 /17 2008
二学期も始まりやっと家の中が静かになってきたなと思ったのもつかの間、この時期って子供が微妙な時期なんですよ。学校に行き始めるのにエンジンかかりにくかったり、逆に飛ばしすぎて浮いたりと休みぼけしてる子供達同士歩調が合わなくて小さなトラブルになったりします。
娘の時に何回か経験しているので、息子の対処もこなれてきたんですが、あんまり学校のこと話さないんですね。無理矢理聞くと「忘れた」とか「わかんない」というので、時々思い出したように話すときなど注意して聞いてます。
そしたら、夫が「彼は学校で浮いてるんじゃないのか?」と言い出し、急に心配になって色々細々聞いたことをあわせてみると、元気すぎて一人暴走しているらしいことが判明(^^;。ま、それも先週までの話しで今週にはいつも通りにお友達とわらわらやってます。
どこまでもマイペースなわりに些細なことで泣いたりショックを受けてしまう息子を元気つけるために、先週「お母さんは○○君が大好きだよ」とめったに言わない事を言ってみました。彼は驚くふうでもなく得心顔でふぅんと言った後「なに、それ、自慢?」と偉そうににやにやしながら言いました。好きと言った相手に自慢かと聞かれたことはこの人生一度もなかったので、「どうだろう、自慢っちゃ自慢かな、自分の子供だしね」と素で答えたら、にこっと笑い「そうなんだー」と納得してくれました。自慢の意味分かるの?って聞いたら「好きってことだよね」との返事が…今思いついただろう、それ(泣)。意味もわかってないのに難しい言葉を使わないでほしいな(大泣)。

そんな息子がここ二ヶ月で二つのお葬式に行きました。どちらも毎日可愛がってくれた近所のおばさんで、私より子供達の方がお話してるくらいの仲良しだったので、お別れに行ってきました。それから急に息子は死について漠然と考え始めたようで、先日鳩の死骸を偶然見たときも「どうして死んだんだろうね」「血が出てたね」「羽が落ちてたね」と熱心に感想を言うので、邪険にせず聞いてあげました。
そしてこのお葬式でいつも会っていたおばさんがいなくなるということがどういうことなのか、自分なりに考え始めたようです。
娘が小さな時はたくさんのお葬式に行きました。娘は一時期ままごとでお葬式ごっこをしていた時がありました。今聞くと忘れたって言うので、緊張して見守っていた親としてはちょっとショックなのですが、彼女にも死について言葉にはなっていなくとも静かな塊として心の底に大事に残っているといいなと思っています。
息子も同じように自分なりに死の総体を掴んで胸の中でしっかりとした生へと繋がっていってくれるといいなと思っています。

なんて親の思いばかりで、本人は隣の会場を指して「あっちが空いてるよ」とか「ごはん食べていこうよ」とか無邪気なことばかり言ってたんですが(大汗)。
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月夜野

東京下町在住・本・建築・ハチロク好き

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