スポンサーサイト

スポンサー広告
-- /-- --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

キャラクター

にっき
06 /24 2010
kuara.jpg

20日から行われているNODA・MAPのキャラクターを観てきました。
よかったです。
脚本を読んでから行きました。
感想たくさんありすぎてどこから書けばいいのか分からなくなってます。


一回目の公演『キル』を思い出す濃厚な作品でした。前回のは観てないんだけど、たくさんの思いのつまった脚本とそれを舞台で観れてよかった。脚本を読むときは二次元になってるので、舞台で三次元になってゆくのを楽しめるのは嬉しい(前回の公演は脚本だけよんで公演にいけなかったのです)。

始まりから引き込まれ、いつものようにどんどん展開してゆく舞台に、今までついてゆくのが精一杯だったんだけど、今回は一緒に考え同時に多角的に思いを広げることができた。少し成長したのだと思う(笑)。
いくつもの事柄や世界、モチーフが交錯しながらねじれ立体になりながら所々飛んで(飛ぶというのは変な言い方ですが、飛躍するワープする部分もあった)ゆき、その結果重なる事象というか現場が舞台の上にあるという奇跡(軌跡?)を感じるのがたのしかった。
一つの事を思いつめて見ると一つの答えが出るけど、この舞台は三つ四つと角度を変え、世界観を変えてみるとそれぞれ違った答えが同時に出てきて驚いた。舞台観ながらどれだけの事柄(想い)が入ってるんだろうと考え始めたら止まらなくなりました。

ラストの重なり方落ち方(というのは変かな、物語が落ちてゆくところ、完結してゆく場所)のパワーがすごい。静かななかに迫力を感じた。夢のー頃は言葉を追いかけるのが精一杯だったんですが、言葉と動きと切り取った空間のせめぎあいが一つの空気となり、ねじこまれるように終結してゆくのを感じることができた。

演出全てがよかった。女性がのたうつ場面でタルコフスキーのサクリファイスを思い出した。他に司馬遼太郎が晩年憂いていたことなども思い出した。でもこの作品は憂いてなくて、絶望(そう呼ぶこともできないほどの絶望)の果ての希望、望みを託していると感じた。それは全然明るいことじゃないし、善いものでもないのだけど、そうしなくちゃならない、そうしたい、そうありたい世界という祈りというか願いを感じた。そして最終的に感じたのはそこに(一般的な意味でいう)神は存在しないのだということなのではと感じました。

そしてまた上記のように考える自分がひじょうに面白いなと思ったりもしました。
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

月夜野

東京下町在住・本・建築・ハチロク好き

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。