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どこへ向かって死ぬか

まじめな本
11 /17 2010
どこへ向かって死ぬか
どこへ向かって死ぬか片山 恭一

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最近片山氏の小説を読んでいないのですが、題名にひかれ読書。以前読んだ「DNAに負けない心」(改題「考える元気」)を思い出した内容。

森有正という人を追いかけたドキュメンタリーを元に本に編集されたもの、ドキュメンタリーも見てみたかった。パリで生活した森氏の生き方を追ったもので、何故氏がパリにひかれたのか、なにを考えてどう生きてきたのかが書かれてる。
前半はひきこまれぐいぐい読んだのですが、三章辺りから繰り返されている内容があり読む足が遅くなった。
死と絶望から今の日本や人間について迫っているところは興味深かったのですが、心に深く入り込んでこなかった。森氏が女性を想うようにパリを好きになったのと、死を意識しながら生きた部分が繋がらなかった。生きることは死を想うことで、死に向かうということは生に向かうことでもあると私もやっと気が付いてきたので、興味があったのですが、自身の答えをみつけるまでには至らなかった。
やはり自分で考えるしかないのかと想ったりした。
絶望を核として生きる、というか歳をとってくるとそのように生きるしかなくなってくる。自分の中にある絶望と向かい合うとき死が傍にある事を感じ、そこから人間はなにをすることができるかが問題になってくると思う。感じる事の意味というのはそこにあるのではないかと、思うようになって、絶望の果ての死と生への関心が深くなっているときにこの本に出合えてよかった。
また読み返したい。今度は森有正氏の本も読んでみたい。

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三年かけてパリで森氏が読んだという。高校の時読みました。ここへ戻ってきてしまうのか…読まなくては。
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コメント

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どこへ向かって・・・

これから、どこへ向かって・・・を読む予定です。私は今、57歳。最近、死ということを毎日考えてます。ボケて何も考えられなくなる前に、自死という選択、意識的な死を選択できることが理想です。モーリス・パンゲの「自死の日本史」という本は、実にインパクトのある本でした。

はじめまして

はじめまして、こんにちは。

弟が心臓病で子供の時から重い病にかかった小さな子を見て育ちました。先週まで生きていた子供が死んでゆくのをみて、どうして人は死ぬんだろうと無意識のうちに考えていたようです。私にとって死について考えることは生きていくことと同じなんだと気づいたのは、子供を産んでからでした。まだ死んだことがないので(笑)どんななのか、また死について考えられるほど健康なので、驕った考えかたとは思うのですが、少しづつ考えてゆくことは必要だと感じています。

医療や様々な生に対する環境が、人の感情を介さずに行われているのがこの国の現状です。どう死にたいかを考えるのと、どう生きたいかと考えるのは同じ重さであると思っています。

弟が死んだとき、周りの人にも大きな影響を与えるのだなと感じました。
自分の死に方が自分にも後に残された人にとってもよいものとなるには、どのような形がよいのかを考えて暮らす事は、無駄な生き方ではないと私も思います。

モーリス・パンゲの「自死の日本史」今度読んでみますね。

コメントありがとうございます。

どこへ向かって… part 2

読んでみましたが、第二部の対談以降は、斜め読みをしてしまいました。タイトルでこの本を選んでしまいましたが、片山氏の思想というよりも、森有正氏自身の思想に触れたいという思いでした。
人は、確実に死ぬにもかかわらず、死ということを本気で考えている人は少ないのだと思います。辛くなるから考えたくなく、避けているのだと思います。森氏は、自分を一旦、死という地点に立たせ、そこから生を考えたのではないでしょうか。だから、孤独とか、絶望という概念に立ち向かわなければならなかったのだと思います。
森氏が女性を想うようにパリを好きになるのと、死を意識しながら生きることとは、私の勝手な解釈ですが、死を女性のように慈しみ、そこから生に想いをめぐらせていたということではないか、と思っています。生に対する未練、執着かもしれません。本当のところは、森氏の本をしっかりと読まなければ分かりませんが、漫然と生きているのではなく、死、孤独、絶望という原点から生を見つめれば、生というのがいかに大切なものなのか、というのが分かるような気がします。
月夜野さんが身内の方で辛い思いをされたということは、大変な経験だと思います。私が死について特に考え出したのは、数年前に、叔母が餓死したこと、実際には孤独死だと思いますが、その叔母の死に至る心情とはいかばかりだったのか、ということがずっと頭の中にあることが発端かと思います。
私も身体はいたって健康です(精神はどうかわかりませんが^^;)。月夜野さんのおっしゃるように、健康な時から、しっかりと死について考えることが、とりもなおさず、しっかりと生について考えることになる、と思っています。
また、良い本にめぐり合えましたら、紹介してください。

Re: どこへ向かって… part 2


さかなさん、こんにちは。

> 森氏が女性を想うようにパリを好きになるのと、死を意識しながら生きることとは、私の勝手な解釈ですが、死を女性のように慈しみ、そこから生に想いをめぐらせていたということではないか、と思っています。

確かにそう感じられますね。

死に対して真剣に考えるきっかけは身近な人の死であるばあいが多いように思います。今まで一緒に生きてきた人が死の側にいってしまうことによっての疑問というのは最後まで解決しないだけに、深く長く多岐に渡って考えることになるので、終わりがありません。

エリザベス・キュブラー・ロス「死の瞬間」や柳田邦夫「サクリファイス」のように死について考えている小説は多くありますね。読まれた小説でお勧めがありましたら、さかなさんも教えてください。

コメントありがとうございます。

月夜野

東京下町在住・本・建築・ハチロク好き

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