普通に生きる

映画
01 /28 2012
「医す者として」と一緒にもらったチラシの映画も一緒に観てきました。「普通に生きる」このチラシの子供達の笑顔がとてもいいのです。
娘の友達に障害を持った妹さんがいる子がいて、そのお母さんと時々ランチするのですが、妹さんの笑顔がとてもいいんだといつも嬉しそうに話してくれます。そのことを思い出して見てみたいとずっと思っていました。
うまく伝わらないかもしれませんが、何かを背負った子供達の笑顔はとても素晴しい。どうしてなのか何故なのか理由は分からないけれど、皆を幸せにしてくれる。他とは比べられない幸せをくれるのです。

そして障害を持った子供のお母さんはいつも元気で明るい。お友達のお母さんも弱音を吐いてもいいのに、いつも楽しそうにしています。不愉快にさせてしまうかもしれないと思いつつも、大変なこともあるでしょう?と聞くと将来のことや自分の体力がいつまで続くかという不安らしきことを話してくれます(不安だとはいわないんです。一生懸命に生きてるんだと会うたびに励まされます)。
この映画を観て彼女の言っていた事や不安をより身近に感じました。

静岡県富士宮市にある「でら~と」という生活介護施設。重い障害を持った人たちがここに集まり生活しています。そして宿泊もして親や家と離れた生活をしていく様子をドキュメンタリーで紹介しています。
お金には変えられない生きるという事の重さと素晴しさ、関わることで見えてくる様々な命の形を思いました。
「医す者として」でも言われていましたが、環境を変える、そのためには考えを変え、行政を変え、人を変える。一人のお母さんの感受性が施設を作らせ人を集めてゆく経過を観てゆくうちに心が温かくなり、買うことのできない物の重みを胸に感じました。最後に所長さんがこのお金に変えられない素晴しい物をこれからの社会は認め大事にしてゆかないと大きな損失になる、と言っているところが印象に残りました。

あとどうしても妻の負担が大きくなるのが気になった。介護するのも会を推し進めるのもどうしても女性のほうに力点がいく、夫は仕事だし日中いないから…という理由は分かりすぎるくらい分かるんだけど、そこから社会を考えなくてはらないと思った。難しいけどいつもリスクを背負うのは母なんだなと思った。


心臓病で亡くなった弟の葬式にはたくさんの人が来てくれました。教会でお別れ会をしたのですが、僅かな知らせを聞いてずっと会っていなかった人が遠くからかけつけてくれました。そして「病気で大変だったでしょう。いつも心のどこかで気にかけ心配していたんだよ」と遠慮がちに話してくれました。それまで私たち家族は孤立した社会から離れたところにいたと思っていたのに、そんなふうに関わってきた人たちの心に残っていてくれたなんてと驚きました。そしてそれが死んでから分かることの悔しさがありました。一番教えてあげたい人がいなくなってから分かっても仕方ない。生きてるうちにもっと色んな人と関わって話させてあげればよかったと後悔しました。

「でら~と」に通う人たちは皆幸せそうです。映画の中で「愛が枯れるほど疲れてしまってはいけない」と語られていました。時々新聞で報道される介護疲れから心中する家族が出るようなそんな社会はやはりどこかおかしいのです。毎日の中で色々考えていたことが繋がった映画鑑賞でした。
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月夜野

東京下町在住・本・建築・ハチロク好き