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ユベール・ロベール 時間の庭

美術館・博物館
04 /03 2012
国立西洋美術館で行われている「ユベール・ロベール 時間の庭」展に行ってきました。
ゴヤ展に行った時、ポスターを観て興味がわき行ってみようと思いました。ローマのコロセウムのような廃墟の中を探検する上流階級の人と案内人、農夫が同じ画面に納まっていて、のどかで温かみのある絵だなぁと感じたので興味がわきました。それに建築が好きなのもあって、建築の勉強を一緒にした友人を誘っていってみることにしました。

ローマ、イタリアの廃墟を好んで描き、最後にはフランス、パリの庭園設計士になったユベール・ロベールの軌跡を追いながら素描と絵画を閲覧しました。素描が繊細で美しく、観ていて飽きない。植物のひとつひとつ、廃墟でくらす農民(もしくは貧しい暮らしの人々)の生活に対する視線の暖かさ。建物にもその視線は注がれていて屋根の落ちた屋敷の壁に小屋を建てた様子や、崩れ落ちた柱に座って休む人々の生活と崩れてもなお美しく人の役にたっている様子が穏やかに描かれていて、ユベールという人の情の厚さを感じました。生き物も多く描いていて馬や牛など家畜や、犬、子供など小さな素描にもちょこっといたりして、スケッチしてる途中で色んな交流があったんだろうななんて考えたりもしました。

植物の書き分けも素晴しく、それによって空気感が伝わってきました。イタリアに友人は行っていて、確かにこんな空気だったよ、と呟いておりました。18世紀のイタリアの空気が、そのまま現代のイタリアで、異国の私たちでも分かるなんてすごいなと思ったりしました。昔立派だった建築郡のその終末、というのではなく、どの建築廃墟にもユベールは尊敬の念を示していて、美しく、その文化をたたえているのが絵に現れていて、それがまた絵をより崇高なものへ、豊かなものにしている、廃墟の美というのは以前同じ会場でみたロダン展の最後にも示されていました。美を追求するとやっぱり最後はそこなのかなと思ったりもしました。
「打ち捨てられた庭園の噴水のそばの女たち」という素描が美しかった。思わず立ち止まり絶句してしまった素描というのに久しぶりに会った。木の素晴しく綺麗で構図といい葉の流れといい、よかった。ずっと眺めていたい絵でした。「カプラローラ ファルネーゼの螺旋階段」がよかった。美しい階段室でした。観にいきたくなった。崖の上の廃墟から滝のように水が流れ落ちているヴィラ・マイケナスも見てみたい。イタリアに行きたくなりました。フリードリヒの廃墟とはまた違う暖かい絵でした。

常設展の企画展示にピラネージの牢獄が展示されていて一緒に観るとより廃墟に対する見方の違い、美しさの違いが分かり面白かった。ピラネージの絵は力強く、迫力があり一目観たら忘れられない力に満ちています。牢獄とされていながらも、その中に入り迷い歩きたくなる空気感がありました。

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月夜野

東京下町在住・本・建築・ハチロク好き

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