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なみだふるはな

まじめな本
05 /16 2012
先週、娘が九州をまわる修学旅行から帰ってきました。旅行の間、気になって読んだ本。
石牟礼さんと藤原さんの対談の本。石牟礼さんは水俣を藤原さんは震災後の福島を語りながらこの国に何が起こったか、起こっているかを2011年6月13日から15日の三日間の対談の言葉が書かれています。

なみだふるはな
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一言ではいえない事が語られています。読みながら合間に去年放送された原発事故のドキュメンタリーを見返したり、水俣のことを考えたりした。改めて怖いと思ったし、忘れられない忘れちゃいけないと思った。

二日目の中で石牟礼さんが語る水俣患者の言葉が印象に残りました
「道子さん、私は全部許すことにしました。チッソも許す。私たちを散々卑しめた人たちも許す。恨んでばかりおれば苦しゅうてならん。毎日うなじのあたりにキリで差し込むような痛みのあっとばい。痙攣もくるとばい。毎日そういう体で人を恨んでばかりおれば、苦しさは募るばっかり。親からも人を恨むなと言われて、全部許すことにした。親子代々この病ばわずろうて、助かる道はなかごたるばってん、許すことで心が軽ろうなった。
 病まん人の分まで、わたし共が、うち背負うてゆく。全部背負うてゆく。
 知らんちゅうことがいちばんの罪ばい。人を憎めばわが身もきつかろうが。自分が変わらんことには人は変わらんと父にいわれよったが、やっとわかってきた。うちは家族全部、水俣病にかかっとる。漁師じゃもんで」

この言葉をどう受け止めるかで見方は変わると思います。私は何回読んでも身に染みる言葉です。今はそれしかいえない。


娘は水俣病資料館に行き、見学、講話を聞いて帰ってきました。
水俣近辺の写真
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思えば娘が二歳の時、品川で行われた水俣展に行ったのが最初でした。おむつもって、抱っこして開発前の広い空き地に建てられた仮設の中で展示を見た記憶があります。救護室でおむつ替えさせてもらったりして、娘の体温を感じながら観た展示の現場を15年後に娘が行くというのは不思議な気持です。その後、2010年にお茶の水で行われた、水俣・明治大学展には娘と一緒に行き、何が起きたのか話し合ったりしました。そして先週「私の分まで観てきてね」と娘を送り出しました。娘は「綺麗なところだったよ。講話、聞いてきたよ」と帰ってきました。

知ったからといって何を言うことができるのか、その圧倒的な破壊力を前にして言葉を失い、うな垂れるしかないのですが、でも、知らない分からないといって関心を持たないということが一番いやです。なんの役に立つかわからないけど、何も役に立たないかもしれないけど、心の中にその種を持つ勇気と力を水俣に生きる人から貰ってます。泣きながらお話してくださった講話の人の気持を受け止めるために心はきっとあるんだと思う。

昨日は沖縄返還40年目でした。知らんちゅうことが一番の罪ばい、という言葉を思い出しながらニュースを見ました。
去年の桜は綺麗だったという言葉が怖かった。
村上春樹氏のスピーチについても対談で語られています。


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対談の中でくりかえし出てくる本。
藤原さんの写真集です。
人が生きるときに必要な物が描かれてると思いました。
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月夜野

東京下町在住・本・建築・ハチロク好き

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