きっとここが帰る場所

映画
07 /29 2012
チラシを一目みて、観てみたい!と強く思った映画を観てきました。引退したロックシンガーの役のショー・ペンが青空の下、雪原を背にこちらを見ているチラシでその表情と風景がたまらなくいいかんじがして、題名も好きになって観てみた。もうこれだけのわくわく感を持ってして大成功な(?)映画でした。

ショー・ペンは「ミルク」を見たときに、独特な孤独感をもつ演技だなぁと思って、どんな人なんだろうとずっと思ってた。多分本物のミルクとは違うんだろうけど、彼が宿していた孤独感が画面から伝わってきたと感じたのです。今回もだめだめな年老いたロックシンガ-、シャイアンの孤独を演じてる。シャイアンは危なっかしい人だけど常識がある(ここらへんボウリングフォーコロンバインにでてたロックシンガーの人を思い出す。本物のロッカーって多分常識人なんだろうなぁ)。だけどどこか壊れてる(笑)その面白さがあった。

カート引いてショッピングモール歩いて、知らない(シャネルバックもった)女の子に出会い頭に笑われる。そのときはだまってるけど、ちゃんとしかえしする。陰険とも思える繊細さ、傷つきやすさを持ちながら、独特のセンスで生きてるシャイアンは不思議な魅力にみちていて、何をしても憎めない、ずるいくらいに憎めないいとおしさがあった。シャイアンは殆ど泣き叫んだり怒ったりしないのに、何度も泣けました。二人の兄を亡くした娘の家から帰るときの表情があまりに悲しくて、なんだか彼が泣けない分自分が泣いてるようなそんな涙が何度も出ました。怒ったりしない、泣いたりしない、でも激しい怒りに生きてるシャイアンの何に絶望しているのかも分からない姿は、カートを引きずり歩いているその姿だけで目が潤んでしまいました。そんな彼の人生は父の死によって変わってゆく。

最後すごかった。男三人の表情の変化がそのシーンの空気感をかもしてた。あの表情ひとつひとつをどう感じるかで物語りはぜんぜん違うと思う。私はすがすがしくはならなかった。ただ人として生きることの意味よりいぜんにもっと前に感じることがあるのではないか、もっと我々には学ぶことがあるのではないかと思う反面、分からない知らない部分が人生を今を美しくしているのだと思ったりした。
なんでもないこと、なんでもなくなんかないこと、それらをひっくるめて、感じる自分をふくめて時は進み、また神は恐ろしいほどに無垢なのだと三人の男を見て思った。

一回だけ歌ったところも好きだなぁ。「僕歌がうまいって音楽の先生に誉められたんだよ」と子供が言うと「それは将来君を金づるにしようとしてるのさ」と返す言葉も笑えた。卓球の「若い子は集中力がなくてこまるなぁ~」って場面は会場大爆笑でした(^^;。笑える映画でもあるのです。
観終わってすぐ、もっかいみたくなった映画です。
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月夜野

東京下町在住・本・建築・ハチロク好き