ラファエロ

美術館・博物館
03 /16 2013
上野の国立西洋美術館で行われているラファエロ展に行ってきました。開催前から大きなポスターが駅のあちこちにあって、観てみたくなっていきました。

私よくラファエロのことはしらなかったんだけど、若い時に(11歳の時点で両親をなくしている)父親を亡くしていたんですね。それなのに十代で宗教画をあれほど神々しく描けるなんて、どんな人だったのだろうと考えながら観ました。構図を提供したり、競うようにライバルと壁画を描いたりと、実際に絵を見ながらエピソードを訊くと画家達の息遣いが聞こえてくるようでわくわくしました。音声ガイドを聞きながら回ったのですが、絵画名の下に書かれているコメントは違うことが書かれてて、訊きながら読んで頷いたりしました。十七の時に書いた板画がとても美しく、同じくらいの娘を持つ身としてはもうこんな絵がかけるなんてすごい!!とひたすら驚きました。

「父なる神、聖母マリア」の隣の天使の絵が好きになりました。透けるような肌とエメラルドの翼、画集でみると平板にみえるんだけど、本物は翼がぐっと立っていて光沢のある着物と金糸の刺繍、天使の輪が繊細でとても綺麗でした。観てると傍にいるみたいでどきどきした。葉書を買ったけどやっぱりちがう、綺麗でした。
「死せるキリストの運搬」もよかった。蒼白な顔のマリアと周りの人のようすが、このあいだ聞いた身近な人のお葬式を思い出させ哀しみの中にいるかんじがした。
「大公の聖母」はポスターで何度も見たけど、絵の感じが違ってて奥行きがあって見入ってしまいました。背景の黒と赤子イエスの幼い中にもある神々しさの対峙が印象に残った。それになにより聖母の美しさ、静かなのにその中に優しさと慈愛とすべての者を安堵させる美しさがありました。
あと印象に残ったのは「牢獄から開放される聖ペテロ」これは常設展におなじ題材の絵があって、比べて楽しみました。
「エゼキエルの幻視」を観て、これまでの完璧な絵と評されたラファエロの魂の形を思った。デッサンも表現もすごくて、ミケランジェロとダビンチの影響も受けて素晴しい絵を描いてきた彼ですが、そのほんとのところはどこにあったのだろうと、思ったらとまらなくなった。
幼い頃に親をなくし、描くことで描くことで生きてきた彼の、完璧なまでの世界観が誠実な宗教画となって花開いた後の彼の本質はどこにあるのだろう。私はあまりに完全すぎて逆にその人となりを疑いたくなるくらいでした。最後となった自画像を見ながらいろいろ考えました。
しかしそう考えをめぐらせられるくらい、ラファエロの生きたという生命の迫力が絵画から感じられ、どれほど精巧な写真やVTRよりも時間を封じ込めることのできる装置だなと感じました。

帰りに国立科学博物館によって、36○の新しい映像を観て帰りました。人類の進化がテーマで展示品が数多く出ていて面白かった。

上野公園の桜は最初のが何本か咲き始めていました。これから公園は賑やかになりますね(^^)
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月夜野

東京下町在住・本・建築・ハチロク好き