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三鷹天命反転住宅

美術館・博物館
05 /10 2015
5月5日三鷹にある荒川修作の作った住宅、天命反転住宅へ見学に行ってきました。
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見学は午後からだったので、午前中に近くの国立天文台に行ってみることに
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大きな望遠鏡がいくつもあります。

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太陽の黒点映してるところ、すごい装置でした。面白かった。


反転住宅は14時から一人2700円約1時間30分の見学(コースA)
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荒川さんの作品は以前養老にある天命反転地に行ったことがあります。調べたら1998年の5月だった。もう17年前になる。娘がたしか2歳ぐらいでした。思いっきり転んでないてばかりいました。…そんな娘は相変わらず運動神経にぶいままです。荒川氏を夫が好きで亡き後も時々話したりしてた。彼は今回の見学会をとても楽しみにしていました。

中に入ってすぐにでこぼこした床を歩くことに、裸足で体験してくださいとの案内で裸足になって歩いてみると…思い出しました。公園でのつらい出来事が(笑)20年近く前の出来事をありありと思い出した。床も傾斜がすごくてまっすぐ歩いていられない。…荒川さんならではです。

20年以上まえに荒川氏の対談を聞いたことを思い出しました。あの独特なカリスマ性のある氏の他に類をみない人柄と建築。それが今でもこんなふうに残り、若い人が見学に来ているなんて、そのことに驚きました。

若いときに漠然と感じていた色や物事に対する考え方や向き合い方の違和感を今では適度な距離をもって感じることができました。昔は近すぎてわからなかったんだなぁと思ったりした。あと学芸担当の方の説明がとてもよかった。以前本を読んでさっぱりわからなかったんですが、読み方のコツまで(笑)教えてくださいました。
運営と目的がしっかりとしているから、建物もこんなにいい状態で残っているんだなぁと、間接的に荒川氏のすごさを思った。ただ賑やかだけではない、建物です。

最近読んだ「日本人の身体」での植物は内臓を外に出して生きているというくだりを思い出しながら見学した。
住居(空間)を身体として身体の延長として使うという考えになれるのは時間がかかるけど、なんとなく身体でわかりました。
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天気がよかったので 屋上にも上がれました。

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インターフォンがなぜかすべて斜め

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建築ばかり目がいっていたけど、荒川氏の生い立ちや、どうして死なない建築なんて言葉がでてきたのか、それについて想いをはせたりした。
最期に学芸担当者さんがお話してくださった人間いう字の間についての話も印象に残りました。人と人の間を大切にしている方たちなのだなぁと思いました。

彼が亡くなった時、ちょうど大阪にいく機会があったので、展覧会に行ったのも思い出した。<死なないための埋葬>もう5年も前なんですね。
以前ICCのギャラリーにでかけたり、夫が出かけたお台場で行われた講演会のことを語り合いながら帰りました。

改めて死して残る建築と思想、そして人、荒川修作という人について考えた一日だった。
氏の(死の)存在感。空間を通じて身のうちに残るものが芸術(美)であるとするなら、私たちは芸術(美)そのものということになるのではないでしょうか。

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月夜野

東京下町在住・本・建築・ハチロク好き

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