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ヘレン・シャルフベック展

美術館・博物館
07 /20 2015
昨日ヘレン・シャルフベック展に行ってきました。
快復期と呼ばれる絵画が気になったのが一番ですが、フィンランドの女性画家の色がみたくて行きました。土曜日の朝一番(10時すぎ)でしたが結構人がいてびっくりしました。他の人はどんな動機できたのかなぁ。
公式サイトをさっと観てから行きました。留学のきっかkけになった「雪の中の負傷兵」や「妹に食事を与える少年」など力強い自信にみちた作品が前半に並んでいました。妹にーは貧しい兄妹の妹に自分のスープを与える優しさが表現されていて、「母と子」では母の子への愛が表されていました。新進気鋭の意気込みで若い頃突き進んだシャルフベックですが、基本的な優しさや愛に敏感な人だったんだなぁと思いました。「シュヴェルリーン公ヴィルヘムの死」は若い兵士の死を悼む男たちが描かれています。そこに母がいないことから戦地での光景なのかなlと思いました。

快復期は小さな少女が若芽をコップに刺し見つめている絵で、その静かな風景に大人が見過ごしてしまいそうな穏やかな空気が流れているのを感じます。この少女は作者の投影で失恋から立ち直る決心が描かれているそうです。その決心は穏やかながらも強く静かに訪れたものであるように私にはみえました。一見なんでもないような一瞬に静かだからこそ長く深く地下水に水がしみこむような明るくも確かな決心を感じました。少女の澄んだ水色の瞳が印象的でした。この絵を観ているひとは思わず微笑んでいたけど、そんな思わずほぐれてくるような美しくも明るい寂しくも悲しい絵でした。

「お針子」はホイッスラーの影響が大きい絵で、お針子さんが持つはさみのリボンが腰を横切っているのが印象に残った。寒そうな色とお針子の人生が重なっているように感じました。

晩年は自画像を描いていたシャルフベックさん。いいモデルがいないといいながら最後に自分の顔を描きつづけたのはどんな気持ちなのだろう、エル・グレコや様々な有名な画家の模写をしいろいろな描き方をこなしてきた彼女が同じように大切にしていたのはモデルで、そこに人としてのなにかを見ようと、または写し取ろうとしたのかなと思いました。
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月夜野

東京下町在住・本・建築・ハチロク好き

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