スポンサーサイト

スポンサー広告
-- /-- --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

エヴァの時代―アウシュヴィッツを生きた少女

まじめな本
05 /11 2016
NHKのドキュメンタリーにこの人が紹介されていて、エヴァさんはどんな人なのだろうと思って読書。

エヴァの時代―アウシュヴィッツを生きた少女
エヴァの時代―アウシュヴィッツを生きた少女エヴァ シュロッス Eva Schloss

新宿書房 2000-05
売り上げランキング : 62121


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


アンネの日記の義理の姉妹にあたるエヴァさん。アウシュビッツを生き延びアンネのお父さんと自分の母親が再婚したため、このような関係になったのですが、アンネが生きている当初は隣の棟に住む大人びた同じ年代の女の子程度の面識しかありまさえんでした。番組ではアンネの日記以後の自分たちの生き方がどのようであったのかを言葉と彼女の生き方で紹介していました。それはもう想像を絶するものなのだろうなと、映像から伝わってきました。だから少し前に書かれたこの自伝を読んでみたいと思うようになったのです。

この本を読んで2013年に読んだ夜と霧は、また私にとって遠い存在としか考えていなかったんだなと感じました。今回もまだまだ遠いけど、でもくり返し思い出すことによって、忘れないでいたい、そう読みながら思いました。

2011年に読んだマルカの長い夜や2009年に読んだパピヨンも思い出した。

15歳の誕生日にアウシュビッツ・ビルケナウに連行されてしまうエヴァの長い辛い生活が書かれています。それは長い年月を経て書かれたために、とても冷静に静かに語られています。しかし内容はすさまじく、そして辛いと書くにはあまりに酷い大変な日々です。ドキュメンタリーを観てから読んだので、彼女の言葉やしぐさを思い出しながら読みました。それがなんともいえない臨場感となって頭の中に響いています。

次々と倒れ死者の出る棟で、若いエヴァは時に殴られぶたれ、理不尽なことを言われ、母と泣きながら抱き合い、その母とも別れ、自分の代わりに隣人が死の列につれていかれ…してゆきます。そのどの出来事も胸がつぶれるようなことばかりで、読んでいてとても辛く胸がふさぎました。子供を連れて行かれた母や、家族を失った人の失意の様子など、自分から電流の流れる柵に飛び込む人をわずか15歳の少女の目にはどううつったのでしょうか。日常同じ年代の子をみていて、この子達にこれらの試練がふりかかることの恐ろしさを感じます。

そしてもっと怖いのが戦争が終わりその後、自宅までの道を帰るときの様々な出来事でした。ソ連兵や国をわたり家路につくまでの生活が、どれも恐ろしかった。エヴァとその母は達観したのかむしろ楽しんでいるような部分もあるけれど夫や兄がいないなかとても不安だったのだと思う。というか、もうそれは言葉にしきれないのだろうと思った。

ここのくだりで印象に残ったのが、動けなくなり兵士に殺されてしまった馬のおなかのなかから子馬がでてきた時のエヴァの悲しみと、SSだった兵士が逃げ遅れユダヤ人として逃げようとしてソ連兵に虐待されたときのエヴァの心の動き。彼を怖いと思ったのに、酷い目にはあわせたいと思わないどの心の動きが印象に残った。きっとそんなことをしても自分の心や体の傷は癒えないのを理解していたんだと思う。本当に深い傷を負った人は、人に危害を加えたいとは思わないのだと思う。

あともうひとつ気になったのはジェンダー。ビルケナウで全裸にされてシャワーを浴びるときに、兵士たちに好色の目で見られ辱められたことをエヴァははっきりと記憶しています。そして、戦争が終わってソ連兵により下着が支給されるときの兵士とのやりとりは好意的に書かれています。この対照的な心の動きはどうしてだろう。そこに何か簡単で重大な違いがあるのだろうと思いました。

この帰路の旅で母子は何度も涙します。それは人として扱われたこと、人間性を尊重されたときに喜びで涙しているのです。こんなにも人間は自分の居場所を求めていて、そして人を人として扱うことが生命をつなぐことなのだと実感しました。人間も含めた環境の大切さ、それはお金や物だけではない、ほんとにそれだけではないんだと強く思いました。と、同時に人はどうしようもなく利己的で、それゆえに人を必要とするのかも、とも思いました。

戦争の馬について書いた小説もありましたね。戦火の馬

ドキュメンタリーでエヴァはこう言っていました。

アンネの日記が世界に広まったとき、本当に辛いことは人は知りたくないのだと悟りました。それでわたしは長い間、自分の経験を胸にしまってきたのです。人はいやなことや聞きたくない出来事は聞こうとしません。

疲れるし、もうたくさん、と思ってしまいます。でも忘れないでいたい。都合がいいとは思うけど、できるだけよりそっていたいと思うことが多くなりました。それは、利己的って思われてもしかたないけど、自分の心を広げてくれることに繋がってるって信じてます。無駄なことじゃない、辛いことを共有するのはそれがたとえ一時でも無駄なことじゃないんだって信じています。

ドキュメンタリーで夕焼けが綺麗だといっていたエヴァさん、そんな毎日のひとつひとつをいつくしむ感受性に裏づけされた心のもう一つの側面をいつでもいつまでも感じていたいと思う、そんな読書体験でした。

追記:放送されたドキュメンタリーをみなおしました。
番組名は「エヴァの長い旅」で、上記で語っているインタビューの訳は
「(反響に)怒りを覚えることはありませんでしたが…世間は”残虐な出来事は知りたくないのだ”と思いました。その気持ちは理解できます。ただなぜ人々が”隠れ家”のみに興味をもつのか分かりませんでした。『それ以上』の内容には踏み込みたくなかったのでしょう。(ホロコーストのことは)学校でも教わりませんでした。”まだその時期”ではなかったのでしょう。」
でした。私も子供のころアンネの日記を読みましたが、ああ、このあとアンネは連れていかれてしまったんだな、という感想だけでした。そこでは辛いことがあったと聞いても、それ以上知りたいとは考えなかったし、周りの大人も薦めてはいなかったと思います。それが時代というものなのでしょうか。だとしたら、人は毎日様々な差別や無知を無限に生み出していることになります。今この瞬間にも
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

月夜野

東京下町在住・本・建築・ハチロク好き

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。