スポンサーサイト

スポンサー広告
-- /-- --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

アリス・イン・ワンダーランド〜時間の旅〜

映画
08 /21 2016
アラン・リックマンの遺作となってしまった。アリス・イン・ワンダーランドⅡ。見たいような見たくないような複雑な気持ちのまま
先月7月17日に見に行ってきました。
アランは最初のアリスをワンダーランドに送り込む青い蝶の声です。
最後と思って聞いたせいか、声にいつもの張りと深みがなかったように感じられました。

海を越えお父さんの形見である船の船長として生きてきたアリスの人生の転機に彼女はワンダーランドにでかけてゆきます。
時間という概念を二時間で再びまた別の角度から意識した映画でした。時を操ることはできないけれど、友達になることはできる。そういわれたような気持ちになりました。

アランのセリフや最後のくだりをもう一度文章で読みたくて、小説を買って読んでみることにしました。

アリス・イン・ワンダーランド〜時間の旅〜 (ディズニーアニメ小説版)
アリス・イン・ワンダーランド〜時間の旅〜 (ディズニーアニメ小説版)カリ・サザーランド しぶや まさこ

偕成社 2016-07-02
売り上げランキング : 174104


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


何冊かでているのだけれど、この本が私は一番読みやすかった。
アブソレムの声のアランは、アリスに「あいかわらずそそっかしいな、以前よりまぬけになった」と叱咤してから、友達をないがしろにしてはいけないと、彼女をマッドハッターの救出に向かわせます。
足元にきをつけろよ、という言葉と同時に扉を開けたアリスはそのままワンダーランドに落ちてゆく。

時間の番人であるタイムからスニッチのようなクロノスフィアを盗み出し、なんとかマッドハッターを救い出す。
マッドハッターを信じて、時間という荒波を乗りこなしてゆくうりに、アリスは赤と白の女王の秘密を知ります。
あ、白の女王にあった振り子時計から飛び出てくる白い折鶴が素敵だったなぁ。
それぞれがそれぞれ思いやりながら、しかし時にはずるをしたり、めんどくさがったりして、文字通り時間に追われおざなりなりにしてきてしまった互いの心や優しさをとりもどしてゆく。ファンタジーなのにどこかリアルで思い当たることがあるという物語でした。
我侭で自分勝手でいながら、孤独や寂しさという時間のマジックに向き合う、そんな映画だったように思います。

で、アブソレムにそそっかしいなと言われて思い出したのですが、最初のアリス・インワンダーランドで、アブソレムはさなぎになるとき「また会おう」と言って蝶になり、エンディングでアリスのいる港をくるくると飛んで終わりになります。原作ではどうだったのかなと、アラン映画を通してみていて思いまして、ちょっと調べてみました。

まず容姿ですが、原作のアブソレムは細身です。なので、イン・ワンダーランドのほうのアブソレムはよりアランの容姿に近かったのだなと思いました。それから、原作で奇妙な気持ちになったことなどないというアブソレムに、アリスは「あなたはいずれさなぎになって蝶になったら今の私と同じように奇妙な気持ちになりますよ」といわれています。蝶になったアブソレムはきっとそんな奇妙な気持ちになったアリスの気持ちを少しは理解していたのかなと思ったりもしました。


この映画で一番好きな場面jは最後のタイムやマッドハッタ-との会話です。最後になるかもしれないという予感をもったアリスはそれぞれワンダーランドの人たちと別れを伝え合います。

タイムに、時間はどろぼうだと思っていたけれど、その前に与えれてくれていたのですね、というアリス。もう会えないかもしれない、というアリスにマッドハッターは夢の中であえるよ、と、いい。誰が夢と現実の見分けがつく?と言ってお別れする。そして最後にアランリックマンの文字。もう映画全てがそれを訴えているようにしか思えない映画でした。
そしてエンドロールの最後には行く時間たよと、くよくよしていた自分が励まされた映画でした。

三越で行われた展示を貼っておきます
IMG_8393.jpg

IMG_8398.jpg
IMG_8400.jpg
IMG_8401.jpg
IMG_8415.jpg
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

月夜野

東京下町在住・本・建築・ハチロク好き

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。