この世界の片隅に

映画
12 /12 2016
いい映画だと評判の映画に言ってきました。日曜の夜の回でしたが、結構人がいました。四割弱くらいかな。後半では泣いている人もいらっして、神妙な気持ちになりました。

長くなるので追記に書きます。

感想は、生活がリアルというか、生きてるかんじがするとか言われていますが、私は昔の生活をかんじ、現代の生活がこれほどまでに変わってしまったのかと愕然としました。こんな暮らしに似たようなことを子供のころしていたなぁ、おばあちゃんはこんな暮らしをしていたなぁと思い出すことが多かった。

一番最初すずさんが海苔を売るために行李をしょって船にのるところ、きちんと正座して挨拶をしてる。映画の中で日常的に挨拶をきちんとしてる場面があって懐かしかった。こんなふうに挨拶するのは珍しいことじゃなかったなぁとか思った。
舟から降りて堤防の壁に行李をあてながらしょうところをみて、祖母を思い出しました。昔の人がよくやっていた所作をたくさん思い出した。

鷺も人が気にしないからすぐそばまでくるし、道の脇に咲いている草花を摘んでも誰も怒ったりしない、自分の敷地に入るなとか狭量なこと言わない、当たり前なんだけど、そんな風に思ってしまう自分がいた。

学校について手のひらに息をふきかけるすず、鉛筆削って床穴にいれるところ。海苔作りの手伝いしながらまた手に息をふきかける。とても寒いってことが分かる。海の風景と生活を愛している家族の様子が伝わってきます。
ざしきわらしや、兄の存在、嫁ぎ先の義理の姉径子の存在、親族の問題も描かれている。憲兵にはかなりきついことを言われています。笑っていたけど、この時代の戦争の差別がまじってる。

爆弾が落ちるシーンでは、祖母が言っていた言葉を思い出します。湾岸戦争の時に夜街に爆弾が落ちる映像を観て「戦争の時は東京もこんなんだったんだよ」と言っていました。

一般の女性からみた瀬戸内の戦争の様子が描かれている映画。丁寧に描くことによって当時の戦争という重苦しく無差別で非情な行為が表現されていると思った。そのなかでもすずは自分の居場所をさがしさまよっている。これは別にこの時代の女性だけではなくて、今でも私もそうです。お嫁に行き、相手の家庭に入るというのは、どんなに気を使ってもらっても排他的気持ちはぬぐえないものです。

出戻りの姉径子に苛められながらも、なんとか生きてゆこうとするところは、よく分かるなぁ(しみじみ)そこに人間の根本的な何かを感じずにはいられませんでした。

戦争が終わり「ぼんやり一生を終えたかったのに」と泣くすずは決してぼんやりでも、適当に何も分からないまま生きたかったといっているわけでもありません。けっして自分で自分がぼんやりと言っているわけじゃない。
彼女は径子にいびられ円形脱毛症になっているし、水原哲が遊びに来たときに、その胸のうちを伝えています。決してぼんやり生きているわけではなく、社会からずれた感性で精一杯生きているだけです(だから彼女は絵を描いているし、それによって必死に生きてゆこうとしています)彼女はあんまりにも感じすぎているから、だから、はたからみたらぼんやりとみえるようにしか生きてゆけないんですね。多分それをこの水原という男も夫周作も気が付いている。それをただのどんくさい女が主人公とか腹がたつで片付けてはいけない。そんなふうにしか生きてゆけない女性が必死に戦争という時代の荒波を乗り越えようとしている物語なのです。

ただでさえ生きるのに精一杯の彼女が、ぼんやり生きたかったといっているのは、どうして放っておいてくれないのか、世界は自分を中心に回っていないのは分かっている、だからほっといてくれと、これ以上振り回さないでくれといっているのではないでしょうか。これを吐露するときのすずの気持ち、極限まで我慢した人間の叫びなのではないでしょうか。社会に組み伏され、書くことも、空想することもできなくなったまま、心と身体をもてあそび放りだされた世界の片隅の小さな女性の叫びを、ただのぼんやりではなく考えてほしい。

彼女がキレる場面は多くありません。他のキャラもキレる場面はあまりない。そういう時代だったというのもあるのでしょうか。登場人物が激昂しないだけに、戦争という悲しく悲惨な側面を考えてしまいました。

径子は多分すずのことを全部許していないと思う。でもすずだけのせいじゃないし(それはもちろんなのだけど)そこはやってらやられるという戦争が原因なのも分かっている。だから彼女はいてもいいよって言ったんだと思います。とても辛くて辛すぎるからこそ、許さないと前に進めない。前に進むためにすずを許してる。子供を戦争で亡くした親だけが持つ深い絶望を感じました。

反戦映画かと考えるまえに、戦争という怪物がどれほどおそろいしいのか、人として反した道に進んだ行為の結果がどうなるのかを表している映画だと思う。戦争をするのは人間だけで、それはとても愚かしいことなのだとこの映画は言っているとおもう。生活の中に人生の中に日常の中に争いはたくさんあって、戦争はおきて無くても死ぬ人はどこにもいて、それだけでもたいへんなことのなのに、戦争を考えるすること事態を考えてほしいという趣旨の映画だと私は思う。やるべきことは、人間のしなければならないことはたくさんある。戦争はやるべきものじゃない、その一語につきると思う。

戦争や社会のストレスをダイレクトに表現していたのはすずの兄で、すずは兄をとても嫌っていた。戦争でいなくなってほっとしているとさえ言っている。だたの優しいのほほんとした主人公だけではなく、すずもまた暗い心を持った普通の人間であることを表しているとおもった。

あと原爆が落ちて翌日会館の前でなくなった黒こげの男の人が自分の息子だったって述懐するおばさんの言葉が悲しかった。明るくさらっと言っているけど、悲しんでいないわけなくて、そんな恐ろしさリアルな悲しさが重かった。

新聞をもんで使ったり、水を使いまわしたり、大通りの端に畑を作ったり、知らない土地で防空壕を借りたり、焼け落ちた家の前の用水路の水をもらったり、そんな些細な出来事を見るたびに、東京で魚屋をやっていた祖母を思い出しました。祖父が戦争で行ってしまっても配給を配るために東京に残り、子供をおんぶしながら魚を配った祖母。小さな子供には多めに魚をあげたりもしたんだよって言ってた。そんなことを思い出しました。そして「みんな戦争はいやだって言ってたよ。喜んでいる人なんていなかったよ」って言ってたのを思い出します。

私は出産して子育てしているときに、何度か子供の時に読んだ戦争の本を手にとりました。でも、昔読んだ本は今手にとると思想が偏っていて、読み進むのがむつかしかった。ガラスのうさぎやはだしのゲンはもちろん名作ですが、アメリカや敵国を極端に憎む文章を読み続けることはできませんでした。ディズニーランドに行くし、映画も外国の映画はたくさんみる。そういった生活の中で戦争についてだけ、憎しみを外にもってゆくことはできませんでした。
翻訳がくり返し時代によって訳しなおされるように、戦争についても何度も形を変え語られなくてはならないものなのではないかと、この映画をみて思いました。説教くさくないのがよければそのように変化してもいいのではないか。しかし伝えるべきもの、考えるべきことという主軸をしっかりさえ持っていれば、そして何度も何度も語られてゆくことが大切なのではないかと感じました。以前の物語も読むべきだし、全く知らないのはいけないけれど、広範囲にいろんな形で語ることを続けてゆくべきなのかもと感じました。

すずの夢見がちなフィルターを通して、様々なことを語っている描いている作品だと思う。貧困や差別、男女の違い軍人と街、畑と機械、それらの対比を描いている映画だと思いました。

エンドロールの物語はもうひとつの遊郭の女性の物語をすずの持っていた紅で描いている。リンさんの物語はなんとも悲しく寂しいものだけど、最後にすずの右手が出てきて鉛筆で座っているリンさんの隣に自分を描く。リンさんが彼女によりそうように首をかしげるとすずの姿は消えてリンさんだけになって終わる。そこにすずの右手がでてきて手を降って終わります。

これをどうとらえたか、私は思わず自分の右手をみてしまいました。そしてスクリーンの高さまでもっていった(ちょうどスクリーンに向かって右の下のほうにあらわれるので)。私には〈あとは頼んだよ>と言われたように感じました。

私には<映画を観た人は分かったよね、あとは頼んだよ〉といっているようにみえました。監督の意図したことは殆ど語られていませんが、この映画を観た人に監督は何かを確かにゆだねたのだと思う。それはリンさんによりそうことであったり、戦争を考えることであったり、すずについて思いを馳せることであるかもしれない、また全く別なことを考えるように示唆しているのかもしれない。分からないけれど、こちら側に想いをもってくるという演出をしたのではないかなと感じました。

評価がどうかというよりも私はこの映画が色んな学校で上映される光景が浮かんでしかたなかった。それで今の子供達がどう観て考えるかは分からないけれど、私は見せるべきだと思う。(うちのこは見るかなl)製作した人の意図を考える価値のある映画だと私は思いました。

(昨夜見た映画の感想をどわ~っととりあえず書き出してみました。読み返して誤字等修正いたします 20161212)
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

月夜野

東京下町在住・本・建築・ハチロク好き