ミュシャ展

美術館・博物館
04 /09 2017
三月の最後の週の月曜日に行ってきました。3月27日ですね。
あいにくの冷たい雨で空もどんより曇っていたのですが、人気展のミュシャのこと、少し空いているかなあと10時過ぎに入館。入場券を買っていったのですぐに入ることができました。よかった(><)
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ミュシャ展、実は混雑がすごいだろうと、あまり行く気がなかったのですが、「スラヴ叙事詩をみなくちゃだめですよ!!」ってお友達に言われて、そ、そうかそうよねって見に行きました。何年か前、東京都美術館で行われたミュシャ展に実は足を運んでその列の長さに圧倒され帰ってきた思い出があったので、なかなか決心がつかなかったのです。でも行ってよかったです。
ガイドを借りて中に入ると大きな絵が壁面いっぱいにありました。

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携帯カメラで撮影したので画質悪いです

追記:これから行かれる方はよろしければ双眼鏡を持っていくといいですよ。館内にちらほらいらしたのですが、大きな絵画なので細部を見るのに役にたちます。もちろんなくても全体を見渡すことができ、十分楽しむことができます。
大きな絵のため混雑していても比較的不自由なく見られる展覧会です。ただ身動きがとれなくなってしまうと限定された角度で長い間みなくてはならなくなるかも・・・。もちろんそれも一つの出会いなのですが、心配な方は双眼鏡をお持ちになってください。

スラヴ叙事詩はどれも大きく迫力があり圧倒されました。美しいし構図はどれも考え抜かれていました。ほぼ等身大の人物がすぐそこにいるそんな緊張感と臨場感を感じました。そして歴史をただ切り取るだけではなく、時間や次元を超えようとする構図、象徴や印象的な場面を効果的に画面全体に配置していました。感情や共感の連なりを私たちにゆだねてくる、そんな絵画でした。
なにより感動したのは、これだけの大作を製作し続けたこと、未完に終わったのは時代が変わり戦争の影響からで、ミュシャ(館内ではムサと呼ばれていました)自身の体調や計画不足ではなかったわけで、つまり捕まらなければ完成させることができたのではというところでした。計画性をもって確実にこれだけの大きな作品を次から次へと20年近くかけて制作する集中力と忍耐力はすごいと想いました。
次の展示ではパリで活躍したころのポスターなどが展示してありました。有名なポスターを見ながら、その作品の多さに驚きました。ムサは描きながら計算していたのだなぁと想いました。完成度の高い絵を書きながら発注者の注文に答えながらも自分の実力を十分に発揮できる人だったのだなと、頭がよくて感受性も強い、そしてその感覚の使いみちを知っていたのでは、と想いました。だからこんなに隙なく次々と作品をつくることができたのだなとおもいました。
大作はどれも迫ってくる迫力があったのですが、こう心をぐっと素手で掴まれる勢いは感じられませんでした。ゴーガンの我々はどこからきてーやピカソのゲルニカの持つような鬼気迫る印象がなかったのですが、それは私の中にあるムサとの距離感だったのではと考えています。この人が感情に篤くないというわけではなく、それほどの距離感を持って描かないと描けない苦しさがあったのではと想いました。それはとても孤独だったのではないでしょうか。町の人達を次々デッサンして画面に書き写しながらその本当の気持ちはどこにあったのか、もちろんそのキャンバスにあったのだけれど、計算しつくされたその冷静さの先にあった激情を思わずにはいられませんでした。

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映画(モアナ)を観て外にでたら雨があがっていました。
六本木の雨上がりの空です。

ついでに帰りに東京駅で特別列車も観て帰りました
…もりだくさんな一日だったなぁこの日

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…半分(ほとんど)個人的メモです(汗
ちなみにマークはついておりませんでした


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六本木の木
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月夜野

東京下町在住・本・建築・ハチロク好き